曇りの日は、重たそうに流れる雲の音が、聞こえるような気がする。
 灰色で、所々が真っ黒で、だけれども光りが覗くところも在って。
 それがゆっくりと動き、風が無い日は、殆ど動かずに頭上にあり続ける。
 
 それを眺めるのが、結構好きだった。


【リトルキング】


 今日も曇り。
 雨をギリギリまで押しとどめた灰色の塊が、金網の入ったガラス越しに動いてゆく。
 仰向けのまま、それを眺めて。
 不意に雲の薄いところから太陽が顔を出し、瞳に飛び込んだ強い光に目を閉じた。
 日の光は。
 嫌いだ。
 顔から退こうとしない太陽に苛立ち、仕方が無いのでベッドから体を起こす。
 代わりに視界に入るのは、厚い冬用の羽根布団と、そこから肌寒い外気に飛び出てしまっている自分の両足。通りで、靴下を履いていても凍えるはずだ。
 背筋を丸めたまま声の出ない欠伸を一つ洩らし、伸びっぱなしになっている神を適当に纏めながら、枕もとの携帯を確認すると着信五回にメールが三件。
 おそらく同一人物からだ。嫌な溜め息を吐きながら、開いてみると、予想通りの名前が並ぶ。
 ミヤコシ カオル。
 その名前を睨みつけていると、狙ったようなタイミングで同じ名前が電子音と共に光った。
 無視しようかとも思ったが。
 眠りが浅かったのは夜中に携帯を鳴らされた所為ではないのかという可能性に文句を言おうと電話に出る。
「…芳」
『おはようハニィッ! 昨日は寂しかったよなんで電話に出なかったのさぁ〜〜ッ!? もうっこのイケズっ』
 予想以上に、ハイテンションな声。耳に響き、苛立ちながら文句を返す。
「知るか。夜中に電話をするほうがおかしい。常識を身につけろ能天気馬鹿」
『りーっちゃん、りっちゃんりっちゃん間宮 律ちゃん! せっかく可愛いんだから可愛く喋ろうよぅ。さ、もっかい最初からっ“寂しかったわダーリン!”セイイッツ♪』
「黙れ」
 反射的に指を動かし電源まで落としてベッドに放った。
 朝から最悪な人物の電話を取ってしまった事を後悔しながら、気分を変えるために顔を洗おうとヘアバンドを探し、のろのろと無駄に広い室内を歩き洗面所に向かう。
 鏡に映った、黒髪黒目の気だるそうないつもの自分と見詰めあい。
 そしてその脇、換気のために空けておいた窓の向こう側から、激しく手を振る変態と目が合った。
「…何、してんの、お前」
「夜這いのつもりが朝這い♪入れてよ〜ここ寒いよ〜」
 つまりは。
 夜中からずっと居たのか。馬鹿じゃないのかこいつ。
「絶対、頭のネジ緩んでる」
 通路で騒がれても迷惑なのでとりあえず入れると、厚顔無恥もはなはだしくストーブの前に陣取り、無駄にでかい図体を縮こめ家主の話など聞かない。背中に蹴りを入れ、そのまま体重をかけてストーブと仲良くさせようとしてやったら慌てて逃げて正座した。
「遠慮しないで、もっと近づいたら」
「いやもうこの距離で、十分あったかいでございます律様」
 へらりと笑い、頭を傾けて長い癖毛を揺らすその頬は、赤い。
「…酔ってんのか?」
「酔ってませんよぅウフフ」
 瞳孔開いて笑う顔が気持ち悪い。特に色素が薄く瞳孔がはっきり見える分とても気持ち悪い。
「お前とても気持ち悪い」
 感情を素直に言葉に出してみた。
「りっちゃんはとっても美人だね」
 どうやら言葉は通じないらしい。再発見だ。 
 そのまま芳が寝転び動かなくなったので、朝の営みとして朝食を作ろうと立ち上がる。
 米は切れていたのでパンをトーストにセットし、簡単にスクランブルエッグとペーコンを焼き終ったところで芳が寝返りをうち図々しい声を上げる。
「僕にもちょーだいぃ」
 叩きつけるように皿を、地面、においてやると、恥も知らずそして何も考えずフローリングから手づかみでトーストを食う。ケチャップやペーコンなども上手い具合にそれに乗せて。
「…おい。こっち来て食べろ、見苦しい」
 何故か全敗している気分になり、だが文明人として我慢が出来ずにテーブルに呼び寄せ、ナイフとフォークも差し出す。
 そしてまた何も考えずに受け取ったソレを使って食べ出す笑顔の阿呆。
 …溜め息。
「りっちゃんて、ホントは優しいん、だよね〜いつも何も、言わなくても食べ物、くれるもんね〜」
「食べながら、喋るな! 飛ばすな! お前自分で拭けよ!?」
 サラダを追加しながら怒鳴るが、そのサラダもドレッシングをテーブル中に飛ばしながら食べる。怒りで握ったフォークを曲げそうになるが、先週同じ事をしたので既に曲がってしまっていた。
 どんなに鬼の顔して怒鳴っても返されるのは笑顔。
 噛み付いても効果が無いのは長い付き合い、知っているがやめられない。
「これで胸がもっと、大きかったら、お嫁さんにしたい人、いっぱいいそうなのにねぇ」
「…死にたい?そうか、死にたかったのか。悪い、気づかなかったよ」
「ごめんなさいナイフ下ろして構えないでそっと下ろして落ち着いて」
 会うたびに同じ会話の繰り返しだ。
 無気力感が体の底から溢れ、四足の椅子に座りなおし、その背もたれに全体重をかける。行儀が悪いが、立てた両足の上に皿を乗せて食べ始める。ドレッシングやら何やらで塗れているテーブルで食べたくは無い。
「りっちゃん、今日ガッコ休みでしょ?あそぼー♪」
 人の休みを狙って押しかけて、貴重な時間を毎度潰してくれる寄生虫め。
 だがあいにく今日は予定が入ってるんだよ。
「サークルがある。お前の相手をしている暇はないよ」
「ご飯食べるだけで、それに夕方からでしょお?今、朝の九時でっすよ〜、早く起きたってことは、どうせ食材の買出しとか行く気だったんでしょ」
 嫌な兆候だ。生活習慣が読まれてきている。
 黙ってトーストを齧っていると、肯定と受け取ったらしい芳が例の気持ちの悪い笑顔を浮かべながら頬杖をつき見上げてくる。これが甘いマスクだとかエロカッコイイだとかで寄って来る女ってのは、おそらく視覚神経に異常をきたしているのだろう。私には、巨大化した青虫にやけに虹彩のぎらぎらした灰色の目玉が二つくっ付いているようにしか見えない。完璧に創造主の設計ミスだろう。可哀相に。
「…りっちゃん、酷いこと考えてるでしょ。目がすっごいサディスティックぅ」
 へらへら笑って言えるお前は、凄いマゾヒスティック。変態プラス一だな。
 礼のつもりなのか、珍しく芳が自主的に動いて淹れてくれた珈琲の渋さにケチをつけながら、とりあえず暇ではあるしどうでもいいかと考えを改める。あまり人との接触を断っていればいわゆるアレになるし。
「では、りっちゃんが引きこもりにならないように、外に出てナンパしよう計画〜ドドンパフパフ♪」
 色々と前言撤回したくなった。
「まず、何でナンパだ」
「りっちゃんとダブルでかかって、落ちなかったレディは居ないから♪」
 なるほど、一応はそのレディに分類されるはずの私に、レディを口説けと。
 おかしいだろ。いやもしかしてアレが、高校時代何度も付き合わされた帰り道のナンパが、もしかして“ダブルでかかって、落ちなかった事が無い”ことなのか?
「…お前、人がコンプレックスを抱えている容姿を利用して、女を引っ掛けていたのか」
「コンプレックス!? なんで! りっちゃん自分の顔嫌いなの!? 超カッコイイのに!」
 言い返すのも面倒になり、溜め息を吐きながら飲めたもんじゃない芳作珈琲を入れなおすために珈琲メーカーに近づく。だがでかい図体をばたばたと動かし、うざったい生き物は台所まで着いてくる。
「怒んないでよ〜、だって、カッコイイのは別にりっちゃんの所為じゃなくて、染色体のしっぱ、いや、組み違え?えーと、そういうことだろお?肉体的には完璧に女の子なんだから、別に将来困ることはないじゃないかあ僕と違ってさあ!」
 少々口が滑ったことを自覚しているらしい。逆効果気味だが慌ててフォローしようと腰に抱きつき前後に揺さぶってくる。手に持っていた珈琲の粉が零れる。
 芳は受精能力を持たない、自身曰く“完璧な失敗作”だ。
 最近の人間は三分の一の確率で、中間性、インターセックスとして生まれる。所為同一性障害とは違う肉体的な性の錯誤に性意識は迷うが、私の場合は良く見れば長身の女性、芳は少々中性的な容姿の男性と、周りから見られ、そして本人達の性意識もそれであるから、小さい頃からも混乱は無かった。
 だからといって開き直って、芳のように遊びまくることは私には出来ない。一応、こちらは妊娠の可能性もあるのだから。
「だから、女の子とならあんし」
 睨み付けると、大型の犬のようにしょげた顔で引き下がる。間抜けすぎて笑いを零すと、機嫌が直ったと勘違いされくっつかれる。そしてまた睨みつけ、芳は椅子の上でわざわざ膝を抱えて座りいじけた。
 別に自分の容姿が本当に嫌いなわけじゃない。
 眼光がきつくて、顔が細長くて、肩口まで伸ばした髪の毛があっても、一見男。だが別に、こんな凛々しいといわれる顔は外国の女性モデルなんかには沢山居る。
 ただ出会う人全てに、自分の奥深くまで踏み込む性の話からしなければならないことが、苦痛なのだ。
 …だけど、別に。
「…行ってもいいけど、三時までには帰るぞ。四時にはレストランに集まらないといけないから」
「えっホント!? いいの!?」
 別に、最初から“男”を決め込んで愉しむ分には、そんな苦痛など味わなくても良い。
 気分転換にはいいかもしれない。完璧に男装をして出かければ、専門学校の知り合いも気づきゃしないし。
「たまたま・気が向いたから、だ。調子に乗ってしょっちゅうさせようとかするなよ。家に入れないぞ」
「分かった! 分かってるよ! たまの楽しみなんだよね♪ようし! じゃ、早く行こう直ぐ行こう!」
 しょげていたかと思えば、直ぐにもとのハイテンション。
 馬鹿だが、嫌いではない。ただちょっと馬鹿だが。
「一つ言っておくことが…おい聞け。踊ってんな」
 空中で掴んだ何かを辺りにぱっぱと振りまいていた変態にティッシュの箱を上手く角が当たるように投げ、静かにさせてから口を開く。
「七日後は、私の誕生日だ。覚えてるだろうな?」
 返される瞳は見開かれ、長年の付き合いは何だったんだと思わず拳を握り締める。
「え…もう、そんな時期だっけ…あ、そうか…だよね」
「……うざったいな。いきなり暗くなるな。能天気馬鹿」
 しどろもどろから、だんだんと消えていった声に焦ってからかうような言葉をかける。だが、芳は俯いたまま。
「ごめん。ナンパなんか、さそっちゃって。特に僕たちの場合、“誕生日”は大変なのに…」
 こんな雰囲気は嫌いだ。いつも馬鹿みたいにはしゃいでいるくせに、感情屋め。いつでも馬鹿みたいに笑ってりゃいいじゃないか。
「…別に、もう変な成長はないだろ。十七の時までがピークだったからな。あれからは絶叫しながら起床とかは、無いし」
 別にその絶叫も、主に成長痛でとかだったし。
 他のインターセックス達と違って、朝いきなり男性器が出来たとか喉仏がでたとか、乳房が膨らんだとか骨格が変わったとか、急激なことはあまり無かった。
 ただ本当に成長痛だけが酷かった気がする。
 それも、十八の誕生日からは殆ど無くなったし。
「ただ、もしも、肉体に急激な変化がおきるなら、七日前から片鱗がおき始めるから、注意しただけだ……いきなり倒れたりする可能性もあるらしいし、始めに言っとけば病院に搬送しやすいだろ?」
「…うん」
 ああ。本当にうざったい!
「む、か、つ、くんだよその面ぁ! しゃきんと座れこのへタレが! 家から追い出されたいか!?」
「は、はいぃ! ごめんなさい!」
 力一杯テーブルを叩き立ち上がると、反射的に背筋を伸ばしいい返事をする芳。その視線は数瞬私の顔の前を迷ったが、おずおずと視線を合わせ笑った。
 やっぱ青虫みたいだ。



『男の子が欲しかったんです…』
 残念ながら、生まれたのは不完全ながらも女児であり、そして幼すぎて私の記憶には残らないだろうと高をくくり目の前で医者ともめる母親は、可愛くも愚か。
『今からでもどうにか…』
 無理です。当たり前だ。肉体や精神に障害が出ない限り、ホルモン治療は本人の意思なくしては行えない。そしてその決定権はカウンセラーの専属付きで、第二次成長直前の十歳の時に与えられる。
 そして私は女であることを選んだ。
 反抗ではない。
 性意識は、一生変わらない。
 それなのに私を見なくなってしまった母さん。

 ごめんなさい。
 私は、こんなに男装が似合います。


「いつも思うけど、詐欺だよねぇ!」
 失礼な事を言う芳を横目で見ながら、鏡に向かい、手の甲まで覆うカフスの釦をひとつ外す。
 着慣れた男物のデザインスーツは、違和感もなく私の雰囲気になじみ、同色の黒ブチの眼鏡にも合っている。
 中から着るシャツだけは赤地に金の刺繍と、派手目なものを選び、色合いをたしかめ終わり。髪はいつものように後ろで一括りにしている。
 あまり長めではないが、それが十分な伊達男に見える。これが何故かもてるのだ。
「ホストっぽい!」
「お前に合わせてやったんだろうが」
 おろらく、撮影帰りに他のモデルたちと明け方近くまで飲んでいたと推測される芳の格好は、更に派手な金の縦じまの崩れたスーツだ。しかも裏地は漆黒で相対的に目立つ。それに赤のネクタイやら銀の装飾品やらうざったい事この上なし。
 衣服や装飾に関しては、昔から絶対コイツとは合わない。だけども我慢をして少々寄ってやったというのに、ホストとか。
「えー装飾は黒革にシルバーのそれだけ!?」
「ほっとけ」
 唯一首から下げたそれさえ罵られ、顔を背けると無理やり左腕をとられ数珠繋がりのシルバーアクセをはめられた。睨むとにこにこと笑っているから、怒る気も失せる。
「それ、もらったんだよ、ブランドものだよお。だけどりっちゃんに似合うから、あげる!」
「…どうも」
 飽きが早いだけのくせに。
 しかし今考えてみたが、この格好で後から食品館に買い物に行くのか。主婦達に混じって。
 …まあいいか。気にしなければ。
「で、何処に行くつもりなんだ?」
「その格好でいつもの男口調だと、萌えるねえ」
「…一体どこにいらっしゃるのかしら?お時間が無いから、わたくし早く決めたいのだけれど」
 爆発したような笑いが返って来た。後悔しながら、いつもとは違う男物の香水をつけポケットに財布と携帯と買い物リストを突っ込み、無言で玄関に向かう。
「まってよおりっちゃん」
 未だ含み笑いをしながら追いかけてきた芳を小突きながら。
 何故だか、休日にナンパへ。

 雑多、と言う表現が一番言い表しやすい街中。
 裏通りには露天が溢れ、路上で物を売り、まるで一昔前のアジアに退化して行っているような。
 もちろん治安も悪くなるし。売春やその他猥褻な事柄も充満しているこの界隈は、結局は政府に見捨てられたようなトコロ。
 だが嫌いではない。
 何故か、親しみが持てる。周りがごちゃごちゃとしていると、逆に頭の中がすっきりとする性質があるからかもしれない。昔から母親がどんなに泣き叫んでも頭の中はぼんやりと冷静だった。
 マンションは少し静かな場所に建っているが、何かというとこちら側に私は足を向けた。ご飯が安いし、結構美味しい。
 だが今はこちらに用は無い。ただ大通りに出るためだけの通路。
「ここらへん、汚くって僕は嫌いだよー」
「そこまで汚くは無いだろ。臭いも無いし」
「じゃなくて、雰囲気っていうか」
 そうこう言っているうちに、遠くの向こう側に大通りが見えてくる。車が盛んに行き来し、大手企業のきらびやかな高層ビルが立ち並ぶ光景のこちら側では、物乞いたちが布切れ一枚で冬を越す。
 それらを横目で見ながら、妙な感傷が込み上げてくる。
 まともな就職口が無い今、私たちもいつかはああなるのではないか。
 芳は、別にと言う。
 モデルなんて、結構な大成でもしなければ一生を養っていけない職種なのに。
 足掻くべきなのでは?
 インターセックスなのに。
 差別をしない会社もある。同じインターセックスたちが創業したものだって。
 一時だ。その場しのぎで、いつかはみな潰れておしまい。
 だったら何故今、専門学校なんかに通っているのか。
 何かを作るのが好きだったんだ。味覚を愉しませるのが、ただなんとなくいいなと思っただけ。
 結局は、惰性。
「――律ッ!!」
 悪い癖が出ていた。考え事をしながら歩いていると、こういうことが良くある。
 だが、上から落ちてきた人間とぶつかった事は、無かった。
 視界に。
 小さな背中。
 曇り空から生まれたように一直線。
 私に向かって、落ちる。
 避けられる距離ではなかったが、最初から避けるつもりなどなく両手を差し伸べて受け止める体制を取っていた。直ぐ後ろに芳が居て、多分バランスを崩したら支えてくれるつもり。
 だが結局は、受け止めたそれごと三人で地面に転がる事になった。そこらへんの階段やら放置されていた自転車やらに足や腕をぶつけるが、頭と背中は芳がクッションになった。たまには役に立つ。
「な、ぁ」
 背後からうめき声。どうやらそっちは全身を打ちつけた模様。
「に、が…起こったのさ、りっちゃん」
「知るか。この」
 子供に着せる服としては異様な、白の長袖に白のズボン。両方とも綿生地で、寒さに対策してあるとは到底思えない。それを背後から抱きとめる形になっていたので、裏返し顔を見てから、呆れた声で言った。
「…ガキに、聞けよ」
 呆れた声になったのは。
 そのガキの目がきっちりを意思を持って私を捉え、状況を分かっている上で声も上げずに礼も言わずにただ黙ってこちらを凝視していたから。
「…あんた、男か?」
 そして第一声がコレだ。
「りっちゃん退いてぇ〜重いよぉ太ったんじゃないのぉ」
 こっちも腹立たしい。重いのはこの心底自己中心性格オーラを漂わせているガキのせいだろうが!
「…そうだ。いいから、まず退け。糞ガキ」
 しかし次の瞬間私は乙女のように叫んだ。
 布を切り裂くようなアレ。
「ど、どうしたの! りっちゃん!?」
「お、お、お、おま……放しやがれええ!!」
 怒鳴りつつも初の体験に拳が上手く動いてくれない。わきわきと辺りの空気を掴むだけで、糞ガキの凶行というか暴行というか犯罪だろというか極刑ものの。
「上がついてて、下がついてないって、あんた女じゃん」
「ええッ!? 一体君りっちゃんの何処を触ったって言うのさ僕だってまだ」
「い い か ら 放せ!! …揉むなあぁぁああぁーーッ!!」
 その瞬間どうにか金縛りが解け。
 久々に生身の人間にボディを。


 糞ガキははるくにと名乗った。
 糞ガキは腹を押さえよろよろとしながら、春に邦だと付け足した。
 そして痛みに体を折り俯きながら、両手を開いて『十』そして右手を開き、そこに左手の人差し指を加えて『六』。
「十六歳? それにしては、小柄だな」
「あんたの胸も、背丈にしては小ぶりだよな」
 手を出しては児童虐待になるので、頭突きをかました。
「…君って、身長のわりに勇気があるよね…」
 何に感心しているのか、春継の短い髪の毛を撫でる芳の呟き。
 当初の予定なんて崩れに崩れ、今は腹痛と空腹を同時に訴えた春継のために近くのファストフード店へ。異色な組み合わせの私たちに視線が集まり、居心地はあまりよろしくない。
 素直に要求を聞き入れたのは親切心からではなく、警察に駆け込まれたら間違いなく私が逮捕されるから。
 だから適当に機嫌を取って早くこのお子様を、消し去りたい。
「誕生日は二月だ」
「私だって二月だ。だからってプレゼントなんて用意するわけないだろうが。アホか」
 くれないのか。とか呟きながら春邦はチキンにかぶりつく。既に三個目でおかわりが欲しそうな野良犬の目つきだが、これ以上施しを与えてたまるか。
「なんで工事中のビルなんかから落ちてきたのかは知らないが、別に自殺じゃないみたいだしもう、別にいいだろう?帰れ。糞ガキ」
「…りっちゃんの機嫌が、今年初の氷点下…」
 オレンジジュースを啜りながら芳の余計な声。睨むと、視線をそらして黙った。そして視界を春継に戻すと、丁度骨だけにしたチキンをトレーに置いて、一言。
「家、ないもん」
 沈黙が響き、店内の和やかなBGMの下、重い雰囲気が立ち込める。
 最悪だ。
 拾っちゃったことになるのか、これ。
 家出するガキは。
 この世から消滅してしまえ最初に目の前の奴。
「…じゃあ、警察かな?お父さんとお母さんは、どっちが居る?」
「良く分からん」
 面倒事の気配に不機嫌になり、剣呑に黙り込んだ私の様子を見た芳が、代わりにいろいろと聞き出そうとするが春邦の返事は意味の無いもの。
「そんで警察は行かんぞ。てか行けない」
「犯罪者みたいな事言うなよぉ」
 と言う事は、既に捜索願が出されていて見つかったら親元に送り届けられると言う事か。
 だったら話は早いんじゃないか。
「分かった。じゃあ、どこに行きたいんだ、糞ガキ」
 唐突に会話に加わった私に二つの馬鹿の視線が向けられる。
 つまりは。
 適当に歩かせて交番まで誘導してやれば良いだけだ。二人がかりなら多少暴れても所詮百六十センチにも足らない子供。どうにでもなる。
「警察に連れてく気だな?その手にはのらねえよ」
 あまり馬鹿でもなかった。
 その発言に驚いたような顔をしている芳。
 こっちは本物の馬鹿だった。
「もし無理やりつれてったら、このホスト達に暴行を受けたんですこのおなか見てくださいって、叫んでやる」
 その危険性も残っていた。
「……何が望みだ」
「初めからそうやって、素直にしときゃいいのさ」
「この会話、昼ドラで聞いた事ある…」







to be continue.............
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