【スーツ戦隊★イケメンジャー!〜恋の始まり〜】



 普通の健康男児として生まれ普通の容姿に育ち普通の学歴を経て普通に就職という未来を考え始めている飯塚亜朗22歳。それが俺。
 就職するにしても別に公務員などを目指そうというわけでもなく、ただ結構潰れなさそうな中小企業の屋根の下に入り込めればいいな……と言う感じだった。
 実際俺がここ一週間で面接を受けた企業はその例に漏れず、矮小ではなくともまあ社員保険やなんやらはしっかりしてるよ、みたいな。四つ目の企業から先日色よい返事を受け、今日からはもう面接を受ける予定は無かった。
 だが、今俺は――とある会社に面接を受けに来ていて、なおかつその会社は結構普通ではなく、普通どころか何を商売にしているかも不明であり。俺の普通人生にして初のイレギュラーが起きていた。
 もちろん、普通を愛するこの俺が自主的にこんな事を行うはずも無く。
「あの……山田、さんでしたっけ。俺、帰り」
「たうろでいいよ。俺歳の差とか気にしないから!」
 気まずそうに辞退を申し入れようとしたが、当たり前のようにスルーされにこにことお茶を差し出された。
 ここに来てから十五分かけて淹れてくれた緑茶を啜る。渋く、そしてぬるかった。それでも本人の手前飲まないわけにもいかず、仕方がなく一息に飲み干すとすかさずお代わりが注がれた。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして!」
 昼飯を食べようと町をぶらついていた俺を強引に引きとめ、まるで旧知の仲のよう馴れ馴れしくかつ強引にここまで引っ張ってきてくれたのはこの、山田たうろと言う男だった。童顔に似合わないスーツで、財布一つ持たずに商店街をうろうろしていたこの男が、目が合った瞬間に二カリと笑いずんずんとこちらに近づいて来た時は未知の生物に食われる心地だった。
 しかし年齢を問うとなんと二十六だと言う。俺よりも四つも年上、この破天荒な輩が……世の中は、真実に間違っていると思う。
「さっき連絡したら、有国、ちょっと遠くに居るらしいから、もうちょっと待っててくれな」
 向かい合わせになった二人掛けのソファーの向かいに座り、机の上に置かれた観賞植物にお茶をやりながら、笑顔で言い切る山田さん。普通そういう時は、日を改めて〜とかで、名刺等を渡して諦めるべきところじゃないだろうか。
「はぁ、そうですか……ところで、こちらの会社は何をなさっている所なんでしょうか」
 これも普通は最初で言うべきことだよね?
「ええとねえ、悪者をやっつける――」
「警備会社ですか?」
 頭に手を当てる考える仕草のまま固まった山田さんに、助け舟を出すように答える。自身の勤めている会社の活動内容も知らないなんて……失礼だけど、かなりのオカシイ人。
「違うんだ。普段は自宅訪問で物を売っているよ」
「え?えーと」
 矛盾も過ぎる言葉に、思わず笑顔のまま固まってしまう。なんだろう、あれかな、自宅訪問のセールスを行いながら一人暮らしのお年寄りの様子を見て回るとか、そんなのかなそんなのしか思いつかないよ!
「その、それは別に悪者じゃなくて……」
「でもねえ俺なんっか売るの得意じゃなくて、結局飽きて商品をお試しとかで押し付けてくると有国がものすんごく怒るんだよな! ちょう怖ぇんだぜアイツ!」
「い、いや商品を上げちゃうのはどうかと思……じゃなくて、セールス以外の悪者をやっつけると言うのは、冗だ」
「悪者は夜な、夜に出て来やがんだよあいつ等!」
 どうしようここまで意思の疎通が成り立たない生き物は初めてだ。昔飼っていたインコのピーちゃんだって朝の挨拶は出来たのに……。
 聞こえない俺の悲鳴を響かせて、時間が虚しく過ぎてゆく――。


 同時刻。
 場所は変わって、SSIコーポレーションから程近い埋め立ての海岸に、一人の少年が居た。
 名を、パドリシオ。
 属名、美少年。

「秋…だったと思うが」
 日本の残暑はしつこかった。
 海を埋め立てて作られたこの町だが、海岸からの風は涼しいどころかもったりとした熱をおびており、はっきり言って不快感をあおる効果しか感じられない……しかし、パドリシオは汗一つかかず、それどころか分厚い黒のコートまで羽織り涼しい顔をしている。先程の言葉は、ただ見たものの感想を述べただけであった。
 パドリシオが今居るのは、海。日差しも穏やかになった午後、散歩がてら足を向けたそこには……浮き輪やパラソルなどをもちより、水着で水辺にひしめき合う人間達の姿があった。
 パドリシオの秀麗な眉がひそめられ、その薔薇色の小さな唇から呆れたような溜め息が零れる。
「うざったらしい……もう直ぐ日が沈み我らの時間となると言うに、最近の人間どもはまったく平和呆けをし過ぎている」
 これは早めに粛正を行わねば……せいぜい十を越えたばかりの子供の口からとは思えないほどの、落ち着き、古めかしく、そして冷酷な言葉が熱風に霧散する。
 銀の髪、赤い瞳、妖的なものを感じさせるパーシィは格好も相まって目立ち、好奇と興奮の入り混じった人々の声がパドリシオに向けられてそちらこちらから上がる。
 このままではあやつ等に見つかってしまう……可愛い顔に似合わない執烈な舌打ちをし、まずは格好をどうにかしようと、長い銀髪を海風になびかせ、パドリシオは歩き出した。
 百年前から企てていた、世界征服大計画。
 今まさにその計画を実行しようとしている闇のPST(パドリシオのために世界を潰そう)団が動き出し、これはその活動のほんの片鱗……。
 本日は総統パドリシオ様の、初めての見回りの日であった。(この始まりからして…)




 物寂しくカラスが鳴き、オレンジ色の夕日が室内を同色の色に染めていた。
 俺がここに来て、もう三時間と四十七分の時が経つ。
 手元には既にお代わり八杯目の茶碗があり、目の前には、客よりも先に待つ事に飽きてしまった山田さんが幸せそうな寝息を立てながら横になって寝ていた。
「…………」
 俺は黙って、自分で淹れたお茶をすすった。
 逃げようとは、した。何度も、した。だが逃げようと席を立ち数歩歩くと、まるで野生の動物のようにがばりと山田さんが起きるのだ。そのたびに悲鳴を上げて尻餅をつき、理由作りのために六度もお茶を作りに行ってしまった。
 おかげでこの部屋の間取りはバッチリだ。盗みに入るでもないのに。
 三階建ての新築マンションの、ここは一階。
 上の二階と三階は社員専用の貸しアパートのなっているらしい。自身の勤める会社なのにしどろもどろの説明をする山田さんからの、あやふやな情報だけれど、会社名は『SSTコーポレーション』。その頭にあるSSIは結局何の略なのかは判明できなかった。山田さんが……分からないって言ったから……うぅ。
 しかし、かなり都心に近いんだよなここ、この水蛍市のほぼ中心部だしかなり地価は高いはず……てことはかなりの大企業の支社なのかな……でもなんか、社員居ないし。聞いたところ、四人だけだと言うし。
 うーん……とりあえず、暇すぎて頭が上手く働かないなぁ……。
 思考を停止し、自分で淹れなおした美味しいお茶をずずずと年寄りのように啜る。
 どうやら茶葉は上等なものだったらしい、単に山田さんが不器用なだけで……この人は本当に社員なんだろうか?……というかもう、本当に帰りたいんだけどな、俺。
 七度目の逃亡作戦を決行しようとした正にその瞬間、三時間五十五分ぶりに外部からの音がした。
 分厚い磨りガラスのドアが開き、ちりんと鈴が鳴る。
 おそらく、山田さんが言っていた有国さんだろう、長身の男の人が灰色のスーツに身を包み室内に入ってきた。
 入り口からはこの接客室は直結していて、目を向けたと同時に向こうからとも目が合った。瞬間、思わず息を呑む。
 流れるような長髪の黒髪に、無表情が少し冷たく感じる日本人形のような美貌。
 体格からして既に男性と分かっていたが有無を言わせずときめかされた。
「……はじめまして、佐久間有国と申します」
「あ、は、はいどうも」
 声も容赦なく美声だった。しかも、最初の挨拶はきちんと名刺を渡しての、常識溢れるお方だ。人間の社会に戻った気がして、思わず目元が潤む。
 場違いな感動をしている俺を置いて、佐久間さんの冷たい瞳が応接用のソファーに寝転がっている山田さんへと向けられる。その瞳が見て取れるほどに苛立っていた。やはりこの破天荒な人には手を焼いているらしい。
 普段はどう対応しているのかと気になり、見守っていた俺だったが。
「起きなさい糞山田」
 の言葉とともに、山田さんの額に振り下ろされたのは今の今まで佐久間さんが手に持っていた金属のアタッシュケース。
 の、角。
 しかもかなりの加速をされているのが見て取れた。あれは……額が割れる程度じゃ済まないだろう!?
 殺人現場を確実に目撃してしまった、と俺が青ざめているのに対し、たった今殺人を行った佐久間さんは平然と。アタッシュケースを山田さんの額にめり込ませたまま。なんと山田さんの腹の上に当たり前のように腰掛け。
「――さて、入社希望でしたよね」
「い、いいいいえ! とととんでもないッ帰らせていただきます是非ッ!」
 ここはきっと裏の世界の会社なんだ俺が居ていい場所では無いんだッ!
 内心泣きそうになりながらかろうじて悲鳴を飲み込み、ささやかな手荷物を持って逃げようと立ち上がると。
「ふぎゃ。あろう何処に行く!」
 と。
 死体が体を起こした。
「ッ!〜〜〜〜ッッ!?」
 再び尻餅を付き、声にならない悲鳴を上げる俺をきょとんとした表情で見詰め、額に刺さったアタッシュケースを不思議そうにより目で眺めた後。
「邪魔だよこれ。もー」
 と。
 ぼこりと引っこ抜いた。
「ッッッ!あ、あ、ぁなあな穴がッ・・・!」
「あ! 有国お帰りッ! いつの間に帰ってきたんだ?」
「先程ですよ。それよりも、出張先から呼び戻すのはこれ以降行わないようにして下さい。次は殺しますよ」
「分かった! 頑張る!」
 額に穴の開いた男とその腹の上に乗り続けている男。その間で内容は奇妙でもなんだかほのぼのしい会話が繰り広げられる。
 心神喪失に陥った俺は逃げ出すどころか立ち上がることも出来ずにがたがたと震え続けていた。
 やはりここは、闇の世界の会社なんだ・・・・ッ!



 
つづく。






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