「ひいッ」
「ぎゃッ」
「いやあ!」

「旦那様! あの人形を玄関に置かないで下さいッ」


 なるほど来客たちを驚かせることには成功したが。
 使用人から苦情が続出。
「……酷い扱いだな、お前」
 そして今あの人形は俺の部屋にある。
 確かに、部屋の隅の暗がりにぽつんと立たせておくと何か、おどろおどろしい感じだが……。
「そこまで怖がる必要も無いじゃないか?」
「旦那様のご趣味は、わたくしには理解出来かねます」
 メイド頭のリンが呆れた顔。
 いや、趣味とか。
「このように飾るのには考えさせられる物を……なぜよく考えもせず現金で買ってしまわれたのですか」
「成り行きなんだが」
 三十路にも行かずして屋敷のあれこれを切り盛りしているリンの、少々やつれ気味の顔に今度休暇でも出そうかと考えながら。
 適当なごまかしに聞こえたのかじとっと睨まれるし。
「格安らしいよ?」
「そのような問題では……ああ買われたものはもうどうしようもございませんよ。もう直ぐ夕食ですからと、今はそれをお伝えに参ったのです」
 若いのになあ。
 だんだん口調が年寄りじみてきてしまっているのは、俺のせいなのだろうか?
 直ぐ行くと答えると、なんだかよろよろとしながらリンが部屋から出て行った。
 扉が閉められ、その後は無音。広い書斎に俺と例の人形だけ。
 なんとはなしに視線を向けてみたが。
 視線は返されない。この人形は、最初からこうだった。
 まさか完璧に壊れたボロだとは思わないが。
 だが本当に安かったな……まあどんな命令にも反応出来ず、視線を合わせる事すらしないと言うのは。
 まるでマネキンだ。
 だからリンの小言もねちっこかったのだ。使えないものを買ってしまったんだからしょうがないが……何故コンナモノを買ったのかと聞かれてもなー……本当に、なんとなくであったし。
「……ん?」
 近くに寄って見つめていると、人形の顔になにか汚れのようなものが。隠れていない左目の下……。
「何だ? ……汚れ、じゃない」
 指先で触れると。
 取れたのは、汚れと思っていた灰色の点ではなく、白い塗料。ハンカチを取り出して綺麗に拭いてみるとそこには、瞳と同じくらいに黒い斑点が四つ。
「何の模様だよ」
 偽装工作までしやがって……しかし普通人形の顔に刺青彫るか? 何考えてたんだ作った奴は。
「もしかして、反対側もか」
 垂れ幕のように右目を覆っている黒髪を、退けようと指をかけた時だ。
 人形が目を閉じた。
 普通の動作で。だけれど素早く。
 地味に驚いてしまいそのまま固まる。そのまま目を開く気配を見せない人形。
 とりあえず、右目の下の白い塗料も拭き取って。
 右目の髪を元に戻し、二、三歩後ずさると。
 人形は再び目を開いた。
「…………は?」
 近づいて右目を見ようとすると。
 閉じる。
 離れると。
 開く。
 何だこれは。というか、動けるじゃないか。それも結構素早く。
 これなら視線を合わせることも出来るだろうに。
 まさか、自分の意思で合わそうとしていないのか? いや……ありえない。
 人形にそんな意思なんて無い……
 はず、だ。




 

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