「なんと言うことでしょう」
 暗闇の室内、はたはたと歩き回る足音と低い男の声だけが響く。ソレが何かにぶつかって何かを地面に落としてけたたましい破壊音が響かせ。
「……なんと言うことでしょう」
 死にそうな声がもう一度響いた。
 ボツという小さな点火音が響き、そこに浮かび上がるのは金髪の男。スポーツ選手にも勝る体格を猫背にに、眼鏡のフレームの奥に涙を浮かべる様は。
「なんとも情けない」
 自身で言い、暗闇から引きずり出した椅子に倒れ込む。
 そして長い長い溜め息。
「……どうしようもナイデショ?」
「貴方が言わないで下さい」
 部屋中の蛍光灯が点き、全ての輪郭が現れてその部屋が大きなベッドのある寝室だという事が知らしめられた。
 そこに、先程の男とそして付け足された小柄な少年。
「たまたまの不運だよ。俺にとっては、幸運だったけど」
 両手の人差し指で電気のスイッチを入れ、厚めの唇をほころばせ笑うその姿は、将来を創造させる魅惑的な造形。少し伸ばしすぎた癖毛の合間から見上げられ、離れた位置に居るというのに男が慌てて視線を逸らし背中まで向けた。
「……ねえ。なんでそんなにショック受けてんの? テディにとって、アレは生きてゆくために必要な行為なんでしょ? しょうがないじゃない」
「そういう問題では……こ、来ないで下さい。だ、だき」
「じゃあ、俺が嫌い?」
 無防備な背中に抱きつかれテディと呼ばれた男は硬直した。輪を作って頭をくぐって来た細い両腕に戸惑い、それを跳ね除けようと上げた手でしかし少年の肌を掴めないでいる。
「コ、コウヨウ君。離れてくださ」
「俺ね、テディの秘密を知れて嬉しいんだ。皆に好かれているイイヒトなテディの――ヒトじゃない部分を、知れて」
 嬉しい。
 耳元で繰り替えされ、少年の何十倍も生きているはずのテディが顔を火照らせる。音が聞こえるほどに溢れる唾液を嚥下し、何かに耐えるように瞳をきつく閉じる。
「テディ。俺を攫ってくれたね」
「そ、れは……仕方が、なく」
「うん分かってる。正体を知っちゃった俺を放っとけなかったんだよね?――でも、嬉しい」
 閉じられたままの瞳が揺れ、額にはうっすらと汗すら滲んだ。
 コウヨウの一言一言が、テディの理性を揺らす。
「攫ってくれて、自分のテリトリーに入れてくれたのが嬉しい。テディ、俺、テディの『トクベツ』だよね?」
「コ、ウヨウ、君……」
「こんな風に縛って、傍に置くほど……」
 気苦しさに瞳を開ければ、そこには傷をつけないようにと細心の注意を払って結ばれた細い両腕。
 緩すぎた拘束は、コウヨウ自身の指によって優しく解かれてゆく。
「ア、解かないで下さい! また結ばないといけないじゃないですかッ」
「また縛ってよ」
 自由になった両手で思い切り大きな身体を抱きしめながら、コウヨウが笑う。
「今度はこんな――りぼん結びなんかじゃなく。キツク……ね?」

 これが、二年前の話。






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