――インターフォンが鳴った。
 強張った身体を落ち着かせて。手に持っていたものを隠し、両手で顔を覆って次の瞬間笑顔を作る。
 ふらつかないように両足に力を入れて一歩一歩確かに歩き、扉へ。
 笑え。
 何も無いいつもの顔で。
 あと少し――目的を達成する日まで。
「……おかえり。テディ」

「ただいま帰りました」
 おかえり、と言って欲しいがために九時前に帰って来た。
 急いで『仕事』を終わらせた行為が無駄にならないコウヨウの笑顔。小さな頃から変わらない、ほろりと花開くような
 笑顔が近すぎる。
「その……コウヨウ君。首に体重を乗せるのは――良いんですが、引き寄せるのはやめてください」
「だめ。行くときは逃げられたから、今度はちゃんと捕まえとく。それでいつも俺からって言うのはつまらないから、引き寄せるだけでとめておく」
 何を。
 とは愚問過ぎて問えなかった。
 目が言っている。凄い目力で言っている。
「ただいまのキスして? ……テディから」
 ウッと来てハッとなった。
 今理性が残るうちにさっさと軽く済ませてしまえば!
 いざ!
 と細い顎に指を掛け固定し大人しく目を閉じるコウヨウに早くも理性の限界を感じながら
 ちゅっ。
「ハイ! 終わりました!」
「テディ……」
 不満顔のコウヨウを引き剥がし室内へ。玄関を改装し外履きのまま入れるようにしてよかったとこんな事で思った。
 リビングの置時計はPM8:45。
 スリッパを鳴らし追いついてきたコウヨウに目配せをすると、ますます不満顔。
「明日は来れないんだよ……」
「明後日、来なさい」
 ウンとくぐもった返事が聞こえた。
 なぜなら背中に張り付いているから。
 今日は、甘えたい日なのだろうか? 溜め息を付きながらも頬が緩んでしまう。
「ほら……いつでも歓迎しますから。今日はもうお帰りなさい」
 脇から手を伸ばしふわふわとした頭を撫でる。腰に回っているコウヨウの腕に力が入って。
「テディ」
「何ですか?」
「……テディ」
 声に色が無い。振り向いて表情を確かめることも出来ない。ただコウヨウの声を聞く。
「三日後。俺の誕生日……十七になるんだ。俺」
「存じています」
 伝わってくる感情は。
 不安。
 何を。
 ……何に?
「まだ、駄目?」
 その一言で、テディの顔が険しくなる。
 時々問われるその言葉は、テディにとって……コウヨウにとっても、鬼門。
 だって返される言葉は決まっているのだ。
 けして双方の望みではない決別の言葉を、強要されるその問いに。しかしテディは答えなければならない。
「……駄目です」
 暫くの沈黙の後、「そう」とコウヨウの言葉か返される。
 その声音に含まれる悲しみにテディの心は揺れる。だが駄目なのだ。
 彼を仲間にすることは、出来ない。
 分かった。
 また、来るね。
 ……誕生日、は。来れないかも知れないけど……。

 花のような笑顔は変わらないのに。
 滴るような悲しみは隠しきれず。

 テディを
 責める。










 夜が明けた。
 何時ものようにベッドに入っても、まどろみすら生まれてこない。
 遮光カーテンを閉め切り一筋の光も入ってこない寝室で、独り机に座り本を開く。
 一行すらも読み解けない本を開いたまま、独り座り続ける。
 嫌な。
 嫌な予感がするのだ。
 あっさりと引き下がって帰ったコウヨウ。毎年押しかけてきた誕生日を、初めてテディから離れた彼が。
 そして背後から覗き見えたその表情。
 思いつめるような――何かを決断した顔。
 あれは、“子供”の顔ではない。
 ――ゾクリと予感が身体を揺らす。
「……一体、何を……」
 恐れているのだろう。
 彼が成長したのなら、喜ぶべき。
 自分から離れてゆくのなら、見送るべき。
 悲しみなど、孤独感など。
 もう、慣れた。
 はず だ。
 けれど。
 突き刺すのだ。薄れているはずの感情が、磨れ切った心を。
 しくしくと痛ませる。

 これは。
 捨てなければ、ならない物?

「……決まっている」





 夜が明けた。
 ベッドの上で眠れないまま、視界に入る自分の指を眺め続ける。
 指を開いて、閉じて、ソレを眺め続ける。
 骨ばって、大きくなった手。
 もう、いいでしょ?
 もう、いいよね。
 自分の運命を自分で掴めるほど、大きく、なったよね。
 テディ。
 隣に居たいんだ。
 ずっと。
 一瞬ではなく、永遠に。
 ――今この手を取らないのなら
 俺を消して。
 そう思って抱きついた。だけれど、彼は顔も見ないまま駄目だと答えた。
 ねえ。
 見てよ、俺を。
 小さい? 幼い?
 ……テディの目は節穴。

 いつまでも。
 縋るだけの、子供じゃない。
 頷くだけの、いい子でもない。

「俺は、男で……雄だよ。テディ」
















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