「おはようございます」
「あら、おはようございますテディさん。お早いですねえ」
「ええ、眠れなくて」
「え?」
「いえ、その、昨日眠りすぎまして、それで」
「あらあらそうなんですの。うちの子のせいかしら? ごめんなさいねえ」
「いえいえそんな。コウヨウ君とは友人のようなものですから」
「まあ子供相手にご丁寧に。……そう、そういえばテディさん。その紅葉のことなんですけどねえ」
「え、な、何か……?」
「さーいきんそわそわしちゃってえ。さっきもねえ玄関先で誕生日はどうするの? って聞いたら、学校の友達と、っていうんですよおテディさんべったりだったのにねえ。まさか、彼女でも出来たんじゃないかと思ってぇ」
「ハ、ハハハ。大変喜ばしい事じゃ、ナイですか」
「しかもお泊りでって言うんですよお」
「ハ? ハ、ハハハ」
「誰かしらねえ。テディさん何か聞いてません?」
「ハ ハ ハ」



「なあ紅葉たんじょーびどうすんの?」
 その単語にぴくりと反応してしまう自分に苦笑しながら、家族でやるよとそっけなく返しておく。
「なんだよカラオケ行こうぜ、カラオケ! オールナイト!」
「誕生日は木曜日で、平日じゃないか。次の日学校あるし……ねえ食べにくいよ。上から退いて」
「ケチ! ツレナイ!」
 昼休み。何時もの友達と連れ立って、教室の隅で机を集めて、ちょっとした砦を作ってそこで弁当をつつく。
 話題はコウヨウの誕生日で、それを祝う目的のお誘いを断ってなじられている最中。
「去年も一昨年も! 俺たちはプレゼントを貢ぐだけのパトロンか!?」
「何それ」
 背中に覆いかぶされて窮屈だ。だが、他の友達は助けてくれそうにもない。視線を向けても、そこに在るには不満顔。
「紅葉はさあ」
「本当にツレない」
「滅茶苦茶ツレねーっつの!」
 三人から非難される。
 だけれど、出来ない事は出来ないのだ。
 特に、今年の誕生日は、誕生日という名目を上回る目的が、コウヨウにはある。
「ごめんね。今度」
 笑うと、三人の口から溜め息が漏れた。
「笑って謝れば済むと思ってるよ」
「実際そうなのがムカつくな」
「可愛いからってちょーしこいてんじゃねえぞ! お前なんか、こうだ!」
 興奮した声と共に首に回される腕。
 苦しくてもがきながらも、嬉しくて笑っていた。
「ごめんね」
 もしかしたら。
 もう会えないかもしれない。
 それぐらいの覚悟で迎える、誕生日だから。

 今日の夜。
 約束をした場所に行く。
 あの機関が指定した場所。何があるか何が居るのか。
 身分すら偽って呼び出した。
 ばれたら。
 どうなるかは、まるで分からない。
「……“バルキー”」
 調べれば直ぐに分かる有名なクラブだった。
 中央十字南域。この界隈には不相応な真っ白な外装。入り口に続いている階段前には二人、見張り役なのか男達が立っている。
 そこへと続く路地の入り口で身を隠しながら様子を見ていると、ふいにバルキーの入り口に近づいた男――自分とそれほど年が変わらない少年が、双方の男に軽く手を振り中に入って行った。それは慣れた様子で、顔見知りなのか男達も相手の身元を確認するそぶりも見せない。
 会員制、顔パスだったら……そうでなくとも、どう見ても自分は未成年。
 一応それなりな服を着てきたが、顔を間近で見られれば分かる。フードは……脱げと言われそうだし……。
 だがこのまま、隠れ続けていては目的を達成できない。薄い青が入ったサングラスの位置を直し、ブーツのかかとを鳴らして出来るだけ。
 “人間”に見えないように。
 慣れた様子で堂々と、男達の目の前で立ち止まる。相手が何者か分からない二人は戸惑い、そして判断に困る。
 ――目の前の少年は、ただの子供かそれとも、“人外”かという判断に。
 コウヨウは
 微笑んだ。
「――通して、くれる?」
 サングラスをずらし下から見上げ、にこりと。
 そして男の一人が頷き、戸惑いながらもう一人に視線を送って頷き合う。
 どうぞと手で言われその男を流し見ながら――階段の一段目を踏み、ほっと息を吐いた。
 第一関門は、クリア。
 そして扉が開き店内に入る。騒がしいBGMの音とバックグラウンドに響く大量な水音。暗い店内に、強烈なブルーのライトが走り回る。
 客は。
 七割ほど。
 それが全て人間である可能性は――ありえない。
 数歩進むと噴水に突き当たり、そこで視界を邪魔していたサングラスを取り回りを見渡す。さりげなく向けられてくる視線が怖くて、だけれど笑みをたたえ続けた。
 ここから全ては、偽らなければならない。感情を殺して、不敵な笑みを。
 八時五分前。
 奥にある少し段差が下がったカウンター席について待つ。話しかけてきたバーテンダーをやわらかく断りながら、こちらに真っ直ぐ近づいてくる人物が視界に入った。
 場違いな灰色のスーツに、想像していたより若い男。
「こんばんは。原田 コウ、さん?」
 自分と同じように垂れた目じりに一つ黒子をつけて、やわらかく微笑む。
 普通のサラリーマンのような雰囲気。
「……はい。そうです。あなたは……佐久間さんの言っていた、飯塚 亜朗さん?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
 差し出された名刺にはSSIコーポレーションの社名。
 昨日――テディが『仕事』に出ている時に、掛けたあの電話番号は、この会社のものだった。
 一体何をしているのか。何が目的で、テディとの繋がりは何なのか。
 知りたい事が沢山ある。
 だけれど、自分はそれらを“全て知っている”と言う設定でここに来ている。
 ボロを出さないように――練りこんできた身の上を、もう一度頭の中で整理した。
 自分の名前は、原田 コウ。
 若い、吸血鬼。
 最近ここにやって来て、問題があって、その対応に困っている――。
「佐久間さんからだいたいの事は聞いています。その、それで問題とは……」
「実は、私が起こしたものではなく――その知り合いの吸血鬼が起こした、問題なんです」
 亜朗がメモ帳を取り出すのを待ってから、下を向き、出来るだけ深刻そうな雰囲気を装って話し出す。
 考えて、考えつくした設定だ。
 こちらの正体と目的がばれない様に、且つ、こちらが聞き出したいことの全てが引き出される“問題”を。
「その吸血鬼、が……人間の子供を“仲間”にしてしまったんです」












SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送