「子供を? そ、それは長老の許可の上ですか!?」
亜朗の顔色と声がはっきりと変わった。やはり、軽い問題では無いらしい。
テディが頑なに拒み続けた理由が――知りたい。
「分からないんです。そして、本当にその子供を仲間にしたのかどうかすらも――その吸血鬼は頑なに、その子供を見せようとはしないのです。恐れてるんでしょう……」
「もしもそれが許可を取らないでの行動なら……滅される危険性もありますから」
横目で反応を伺いながら、慎重に、慎重に会話の流れを操って、聞き出してゆく。
幸い大きな問題に直面し、軽いパニックに陥っているのか、亜朗はこちらを真正直に信じている。必死に悩み、メモを取る手も止まっているほど。
――いい人なんだろうな。
ふと、罪悪感に見舞われ、何を思っているんだと自身を叱咤する。
目的のためなら何をしてもいいと誓った。
失敗すれば、自分が危ないと言うのに。
「不確かな情報ですが、放っておけずに相談を……一族の方に確認したくとも出来なくて、その……その吸血鬼には助けられた事がありまして、その方を危険な目に合わせるわけにはいかず……今回あなた方に相談するのも随分と悩みました」
「分かります……でもなるべく、平和的に解決出来るよう力を尽くしますので。しばらく上にも話を通さないでおきますから」
「すみません……」
本心から、頭を下げた。
醜い目的のために騙し、利用してしまった事に対して。
「とにかく、その子供が本当に吸血鬼になったのかを確かめることです。その吸血鬼の方とはコンタクトを取れますか?」
「逃げられていますが、どうにかすれば。……その、私は人間を仲間にした事が無いのですが、吸血鬼にされた人間に何か害になるようなことは無いのですか?」
重要な質問だった。
なるべく表面を撫でるような言葉を選んだつもりだが――どうか、齟齬がありませんように。
「血を与えられた人間が、本心からその血を拒絶すれば、肉体ごと滅ぶと聞いています。嫌がる人間に血を与える吸血鬼はまず居ないと思いますが……その吸血鬼と子供の関係は?」
緊張の一瞬だった。だがどうにか疑問に思われること無く、欲しかった情報が得られる。
血を吸うのではなく。
血を、与えるのだと。
「……十年来の、親密な仲だと」
「では、失敗をする可能性は殆ど無いですね」
本当は、たったの二年。
親密な仲と、断言できる証拠も無いのに。
内心苦笑しながら、表面の顔は深刻そうに――亜朗の顔を見つめていた。
その亜朗は一生懸命に悩み、そしてふいに眉を上げてこちらを見つめて。口を開いて言い切った。
「決めました。次にその吸血鬼の方と会える約束を取り付けたら、俺も同席させてください」
「そ、」
そんな事が出来るわけが。
言いたい事が分かったのだろう。安心させるように微笑み、亜朗が続ける。
「大丈夫です。人外の、特に吸血鬼のように力を持つ方たちだったら、俺に危害を加えることはありませんから。……分かりますでしょ? 俺と、今こうして話してて」
少しの自信を示して、照れたように微笑む亜朗。何を分かるかと問われているのか、分からないままに頷く。
人で無い者だけに分かると言われた、それだけは理解出来た。
「じゃあ、携帯持ってます? 次に会うときに連絡を……」
「すみません、持ってないんです……こちらから連絡させていただけますか?」
もう、会うことは無いけれど。
目的は果たした。どうやって吸血鬼になれるのか、人体に害は無いのか。
後は適当な吸血鬼を探して、血をもらう――コレが一番、難しいだろう。でもどうにかしてみせる。絶対に。
「あ、はい。分かりました」
「なるべく早く、話をつけますので……今夜は本当に、すみませんでした」
「そんな。あやまる必要なんて――」
双方に立ち上がり、後はおいとまの挨拶をして店を出るだけ――ほっと、気を抜いた瞬間だった。
「あれ、亜朗さん!」
――若い男の声が響いた。大きなBGMにもかき消されない、近くから。
体が震えた。
二人が視線を向けたそこには――さっき自分が入り口で見た、顔パスで店内に入っていった少年。
笑顔で近づいてきて、逃げようと思っても入り口は、彼の向こう側。
「ガズナさん。一人なのか?」
「ああ。と、お仕事?」
直ぐ間近に来て亜朗と向かい合っていた少年――近くで見れば青年と言っても良い見た目の彼が――こちらを、見た。
「はじめまして。ごめんね、邪魔しちゃって」
「あ、こちらの方は――」
「飯塚さん!」
慌ててとめるが、返されたのは安心させるような笑顔。
「大丈夫ですよ原田さん。ガズナさんは、ちょっと特殊な方で――情報を洩らすような事はないです。力になってくれますよ」
「特殊って」
苦笑するガズナの顔がこちらを向く。柔らかい癖毛の向こうの瞳が真っ直ぐに、目を見る。
どうしようこの人が、
人でなかったら。
逃げないと。何かを話される前にばれる前に。でもどうやって本当に逃げ出せば怪しまれる。どうすれば――。
「彼は原田 コウさんと言って、ガズナさんと同じ吸血鬼の方です」
言葉が耳を通り抜けるオナジキュウケツキ
吸血、鬼。
「え?」
ガズナの声が大きく響いて
驚いたような顔が再びこっちを見て
そして彼の唇が開いた。
「――彼は、人間だよ?」
一瞬意識が飛ぶほどの興奮の後訳が分からないまま亜朗の手を引きとにかく逃げ出した。
何故彼の手を掴んだのか店内を走りながら考えて、そして自分の行動の意味を理解する。
ばれてしまった。
から今夜中に、
全てを終わらせなければならない。
だから吸血鬼を見つけている暇は無い。
情報を聞き出して、確実にしなければチャンスはあまり無いから。
「知っている吸血鬼を教えて、早く!」
脅してでも何でも聞き出して人質にでも何にでも使って。
目的を達成しなければ後が無いんだ!
「早く!」
「はらだ、さ……おちつ……」
殆ど同じ身長の自分に締め上げられ、路地裏の冷たい壁との間で苦しげな声を上げる亜朗。苦痛の表情は罪悪感を感じさせる、だがしなければならない!
時間が無いんだ!
「い、一体何がもくてき……」
「関係ないよ! いいから、教えて! 若くて飢えている吸血鬼だ。最近問題を起こした奴等とか、いるでしょ!?」
亜朗は口を開かない。自分が締め上げすぎだ。
もう駄目なのか?
……失敗、なのだろうか?
テディ。
自分の身の上が知れて、テディが自分に正体を知られていることがばれたら。
もう会えない?
もう。
「……もう……駄目なの?」
亜朗の胸元を掴んでいた手を放してずるずると座り込んだ。
勝手な事をしてテディにも迷惑を掛ける事になるのに、結局失敗した。
一緒に居たかっただけ。
それは大きすぎる望み。
浅ましく身勝手な。
自分の、エゴ。
「……原田、さん?」
膝をついてみっともなく泣く姿を見て、戸惑うような声。
優しい人だって、気づいてた。
「…………仲原紅葉」
「え?」
「本名、だよ……吸血鬼というのも、嘘。ただの人間だ。何も出来ない、ただの」
どうせ調べられれば直ぐにばれる事だと、吐き出すように。
そんな自分を見て亜朗が、膝を折って視線を合わせてきた。肩に手を置かれて反射的に顔を上げれば、そこには心配するような――優しい顔。
「紅葉、君。……君の本当の、目的は?」
もう口を開かないつもりだった。テディに害が及ばないように、ただ吸血鬼にあこがれて不老不死になりたがっている、頭の悪い子供を装うつもりだった。
だけれど何かが、コウヨウの口を開かせた。
「――吸血鬼に、なりたかった」
「……なんで?」
「一緒に……」
感情が爆発して込み上げるものに喉が詰まった。涙腺が壊れてぼろぼろと涙が零れる。
子供だ。
自分はこんなにも、子供だった。
「好きなひとと、ずっと一緒に居たかったんだ……」
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