嘘だと直ぐにばれる嘘を突き通す事は。
 意地があれば、難しくは無い。
「だから、何も無かったんだってば。依頼をしてきたその吸血鬼に気に入られて、一緒に呑みに行こうって強引に誘われたんだそれが、もしかして拉致されたように見えたのかも」
 四つのそれぞれの視線が、いぶかしむ気配を隠さず真っ直ぐに亜朗を見る。
 テディがその場を去りわずか数分後に駆けつけたSSIの隊員たちだった。
 亜朗の無事を確認しすぐさま犯人のだ捕に向かおうとした彼らを、今亜朗が必死に嘘をつき引き止めていた。
 冷や汗を垂らしながらも、だが本当の事を言うわけにはいかない。それがたとえ心を許した同僚達であっても。
「……バーに居たのに、別の場所にわざわざですか?」
 その中でも特に疑いの色を濃くして問うてきたのは、佐久間 有国。愛刀“鬼燐”まで持って来たのは、亜朗を本気で心配していた証。
 怯むが、奥歯を噛み締め嘘を貫く。
「お、お気に入りの場所があるって言ってたから」
「……ではその吸血鬼は、何故逃げたのです? やましい事が無いのなら別に、逃げる必要はないかと」
「し、『執行人』が来るって、凄く怯えちゃってて」
「『執行人』に怯えるほどの事をした吸血鬼なんですね」
「いや、急な用事で実家に帰らないといけないとか、そういえば言ってたかな!」
 最後にはやけっぱちに叫んだ亜朗に全員が溜め息。
 絶対に話すつもりが無い事は会話開始十二秒後には、既に分かっていた。諦めの雰囲気が漂う。それに、亜朗の半歩後ろに下がってこちらを睨みつけているソレが、今にも有国に噛み付きそう。
「おい貴様。この私が問題は無かったと言っているのだぞ。いい加減にしろ」
「パドリシオ……毎回毎回飯塚さんに懐柔されまくって。恥かしくないんですか? カダロフとか言う立場みたいなものに対して」
「そうだな。貴様の存命を今の今まで許して来たのが、一世一代の大恥よ」
 互いの額に青筋が立った。しかし双方とも我を見失うほど精神はやわではない。相手を視線に入れないようにして冷静を保つ。
 つまりぷいっと顔を背けた。
 路地裏に沈黙が響き、月さえも沈んだ暗闇に消えかけた街頭が瞬く。
「……飯塚さん」
「はいッ」
 こつりと、薄暗がりに硬質な音が響き渡る。
 杖代わりに立てた“鬼燐”に腕の重さを乗せて、有国が穏やかな口調で真実を切り出した。
「実はもう全て分かっています。バルキーの店員の口を封じたのは店主であるカダロフ・リュード。そしてリュードにそうさせたのは貴方と一緒に居た所を目撃されている、ガズナ・フォレストロ。そしてガズナさんにそうさせたのは……吸血鬼を装って貴方に接触した、人間の少年」
「…………」
 青ざめて黙り込んだ亜朗に、苦笑交じりの溜め息。
 その少年を護るために、嘘を吐いているのだと――全員が最初から分かっていた。
 彼は優しすぎるひとだから。
 服の裾を引っ張られる感触。顔を上げればリーダーの山田 タウロが笑ってこちらを見ていた。リーダーとは名ばかりの、現状をみても分かる通り全てをサブリーダーの有国に任せ切りの男が。
「亜朗。大丈夫だぞ!」
「え?」
「有国がね、もう通報取り消してあるんだ。だからもう大丈夫!」
 いつも美味しいところを全部持って行く。
「この問題は全部吸血鬼側がもつって事になって、んでもってカダロフのパドリシオが亜朗の味方してるから、その吸血鬼のフリしてた子はもう大丈夫なんだ! 安心しろな!」
「有国さん……」
 感じ入った顔で見上げてくる亜朗に、これ以上何が言えるか。パドリシオは馬鹿にしたような顔で見ているし、タウロは馬鹿みたいに笑っているし、他の二人からも生暖かい視線を背後に感じる。
 どころか遠慮の無い揶揄まで。
「有国君、ほんとは優しい子なんだよね」
「そこが彼の良いところ。です」
「…………」
 黙ったまま“鬼燐”をごつりと地面に擦りつけ、青筋を立てて俯く有国にもはや、先程までの威厳は無かった。
 


「安心しろ。俺の手元に居る限り、他の奴等には気配どころか目の前で直視しても、認識する事は出来ない」
 迎えに来た黒塗りのハリヤーの中で、隣り合った彼から低く囁かれる。
 内容は、よく分からなかったけれど、つまりテディがさっき目の前に自分が居るにも関わらずまったく気づかずに引き返して行ったのは、その所為らしいということだけは。
 車内は無音。
 三人が隣り合いに座って、暫くたって初めての声が、先程の内容。
 安心しろと言われた。
 そんなに自分は、酷い顔をしているのだろうか?
 もしこの感情が顔にまで表れているのならそれは、
 恐怖ではなく虚脱。
 
 リュードの追求するような赤い瞳が逸らされ、代わりのようにガズナの、黒く暖かな瞳に晒される。
 どちらの視線にも答えることは出来なかった。





 
 戻れないと覚悟して
 踏み切った、

 はずなのに。




「   大丈夫、……ですか?」

 気がつけば落ち葉の上に転がって、空を見ていた。
 その薄い水色の中に、外人の大きな人が心配そうな顔で覗き込んでいて。
 誰だろうと思って口を開きかけて、息が詰まって喋れない事に気づいた。
 代わりに溢れたのは涙で。

「どこか擦りむきましたか」

 そう言って、慌てて抱き起こしてくれた大きな手にしがみ付いて、困惑した顔の彼の腕の中で大声で泣く。

「泣かないで」

 あやしてくれる彼の言葉に、だいじょうぶと返しながら何故か涙が止まらない。
 少しお尻が痛かったくらいでなんとも無かったのに。
 びっくりした心が涙のスイッチを切ってくれない。

「……困りました」

 本当に困った顔をして、彼が金髪の頭を掻く。
 困らせてしまっているのだと思うと、余計に嗚咽が止まらなくなって。
 ごめんなさいと、泣いた。

「大丈夫ですよ」

 頭をなでてくれていた彼の顔が近くなって、眼鏡の奥の蒼い目が閉じて、そして離れてゆく。
 泣く事も忘れてぱちくりとしていると、彼は笑ってもう一度、頬にキスをした。

「ほら、もう」

 大丈夫。




「――ディ」
 擦れた声が聞こえて、それが自分の声だと気づいて。
 目が覚めた。
 夢の中の蕩けきった安心感が一瞬にして霧散して。
 訪れるのは、現実の儚さ。
 あの後。
 ガズナと、リュード。二人の家だというこの場所に、車は止まって。ぼうっとしているコウヨウの手を引いてガズナが、今日はここで寝てと毛布を渡してくれた。
 大人二人が寝れそうな、幅の広いソファ。
 この柔らかいクッションのおかげで、あの幸せな夢が見れたのかと思い、表面の生地を撫ぜた。
 幼い頃、初めてテディに会った記憶。
 今思えば、一目ぼれのような衝動だったのかもしれない。大きな背をかがめて手を引いて一緒に帰ってくれて、お隣さんだと分かったときは、本当に嬉しかった。
 それからほとんど毎日遊びに行くようになって。
 最初の頃はテディの生態がよく理解できずに、真昼に寝ている彼を起こしてしまったりしていた。
 そのときのテディの困ったような笑顔を思い出し、口の端が知らず上がっていた。
 自分の幸せは。
 やっぱり、テディから離れられない。
 だけれど同時に。
 ここまでの絶望も、自分にもたらす。
「……テディ」

 カーテンに締め切られた部屋は、それでも朝を迎えていた。
 


















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